大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌地方裁判所 昭和47年(わ)4号 決定 1973年3月28日

主文

本件を札幌家庭裁判所に移送する。

理由

一、当公判廷で取調べた関係各証拠によれば、次の事実が認められる。すなわち

被告人は、昭和四五年道立A工業高等学校に入学したが、単位が取得できず一年留年したものであるが、同年六月ころから学生運動に興味をもつてデモなどに参加し、同校の社会科学研究部(略称社研)や札幌市○△条○△丁目所在のB事務所に出入していたが、

第一、昭和四六年一〇月二一日のいわゆる一〇・二一闘争において、機動隊などに向けて投擲する火炎びんを作るためガソリンを盗もうと思い、前記社研部員であるZと共謀のうえ、同年一〇月二〇日午前一時すぎころ、札幌市○○町○通り△丁目△△番地C工業株式会社工場前において、同社代表取締役管理にかかるガソリンの容器であるポリタンク一個(時価三〇〇円相当)を窃取し、

第二、Zおよび同じくB事務所に出入りしていた丙、丁、戊と共謀のうえ、警察官等の生命、身体および車両などに危害を加える目的をもつて、同月二一日午後二時ころ、前記B事務所において、高さ約7.2センチメートル、上面径約3.5センチメートル、底面径約3.8センチメートルの金属性ふた付ポスターカラー用ガラスびんに塩素酸ナトリウム、硫黄、炭素末の混合粉末約32.05グラムを充填し右ふた中央にあけられた穴から爆竹のみちび部分を外に出し、管体部分を粉末内にさしこんだうえ、右びんとふたとをセロテープで巻いて固定するなどして爆発物一個を製造し、

第三、前同日午後一〇時一三分ころ、同市○△条○△丁目E大学本部前付近において、前記社研部の先輩であるNと共謀のうえ、前記の目的をもつて、右Nにおいて前記爆発物を燃焼中の車両めがけて投擲し、もつて爆発物を使用したものである。

以上の事実が認められ、右第一の所為は刑法六〇条、二三五条に、第二の所為は同法六〇条、爆発物取締罰則三条に、第三の所為は刑法六〇条、爆発物取締罰則一条に各該当する。

二、なお、被告人および弁護人は、右爆発物取締罰則違反の事実につき、本件において製造、使用された爆発物と称するものは、その威力が極めて乏しく、爆発物取締罰則にいう爆発物には該当しない旨主張するのでこの点につき判断を示す。

(一)  本実作成の鑑定書および押収ししてあるガラスびん(昭和四七年押第二〇号の一)などの関係各証拠物を総合すると、本件において爆発物と称するものは、底面径3.8センチメートル、口部径3.3センチメートル、高さ5.3センチメートルのポスターカラーびんに灰黒色粉末(その成分比は、塩素酸ナトリウム82.3パーセント、硫黄7.1パパーセント、炭素など残分10.6パーセントである。)32.05グラムを入れ、径約3.3センチメートル、高さ約二ンチメートルの表面黒色塗装の金属性ふたの中心に径中心に径約0.3センチメートルの穴をあけ、その穴に管体の長さ約3.7センチメートル、径約0.6センチメートル、みちびの長さ3.5センチメートルの爆竹(その中には成分比は不明であるが、塩素酸カリウム、硫黄、アルミニウム粉からなる火薬類0.07グラムがつめられている。)二本を、みちびがそれぞれ約一センチメートルほどふたの上部にでるようにしてけん垂し、爆竹の管体が灰黒色粉末内に入るようにして前記びんにふたをかぶせ、幅2.4センチメートルのセロテープ二本(長さ約三〇センチメートルおよび二三五センチメートルのもの)を側面にほぼ均等に巻いてふたを固定し、ふたの端面に幅2.4センチメートルのセロテープを放射状に張りつけてみちびを固定したものであつて、すなわちポスターカラーびんに火薬類である塩素酸ナトリウムを主成分とする爆薬を入れ、密閉状態にして爆竹を起爆剤としたいわゆる手製爆弾であり、爆竹に点火しもしくは火炎中に投じた場合いわゆる理化学上の爆発現象を生じることが認められる物件である。

もつとも弁護人は、前記本実の鑑定における本件灰黒色粉末の組成物質および混合比の求め方が極めて杜撰であつて正確性に疑問があり、証拠価値がない旨主張するが、証人本実の当公判廷における供述によれば、右灰黒色粉末を組成する物質は、塩素酸ナトリウム、硫黄、炭素であつて右以外に通常の分析によつて検出し得るものは発見されなかつたことが認められるので、右塩素酸ナトリウム、硫黄以外の物質を炭素として取り扱つたとしても、そのことからただちに右鑑定が不正確であるとはいえず、本件物件粉末の混合比については分析技術上の方法にのつとつてサンプル一グラムを取り出しこれを分析したものであつて数値上の大きな誤差は出ないと考えられるから(同証人の当公判廷における供述参照)、弁護人の前記主張は理由がないものといわなければならない。

(二)  ところで鈴木良次作成の「鑑定結果の報告について」と題する書面二通および同人の当公判廷における証言を総合すると、本件灰黒色粉末の混合物それ自体が潜在的に有するエネルギーは、弾道臼砲試験によると、基準爆薬たるトリニトロトルエンの七五パーセントにあたり、さらに爆速試験の結果によれば、その爆速は第一回目実験では毎秒一、八〇〇メートル以下、第二回実験では毎秒2.240メートルを記録し、市販されている黒色火薬よりも強力であることが認められる。

(三)  さらに本件手製爆弾と同様の構造・組成を有するサンプルを作成し、実際に爆発実験を行つた場合、

1  本実作成の鑑定書によれば、(イ)ポスターカラーびんの底を地面と水平にして爆竹に点火爆発させると、ほとんどの場合ガラスびんは破壊して飛散し、その破片の大きさは、約0.5ないし4センチメートルぐらいであり、その飛散距離は平均半径約五〇センチメートル、最大半径約七〇センチメートルであり、また金属性ふたは最大約30.4メートルも吹き飛んでおり、(ロ)ポスターカラーびんの底を地面と垂直にして前同様爆発させると、ガラスびんそれ自体はほとんど破壊されないが、容器の衝突によつて爆心から1.5メートル離れた位置にある厚さ三ミリメートルのラワンベニヤ板の地上八センチメートルの個所に横5.5センチメートル幅1.5センチメートルの陥没とこれに伴う5.5×8センチメートルの凹み亀裂や、五〇センチメートル離れた位置にある前記同様のベニヤ板の地上三センチメートルの個所に凹み、同地上5.5センチメートルの個所に亀裂を生じさせた場合もあり、金属性ふた自身も爆発によつて飛行し、爆心より0.5メートルの位置にある前記同様のベニヤ板に衝突して地上一三センチメートルの個所に五×四センチメートルのD字状の打ちぬきを作り、しかも六×六センチメートルにわたり一層目剥離の損傷を与えたり、1.5メートル離れた位置にある前記同様のベニヤ板に衝突し、地上二八センチメートルの個所に円孤状三センチメートルの亀裂を生じさせ、しかも裏面に縦に一〇センチメートルにわたる亀裂や一層目剥離の損傷を与えたり、前同様の位置にある前記同様のベニヤ板に衝突し、地上一二センチメートルの個所に打ちぬき寸前の陥没損傷を与えたりする場合があることが認められ、

2  鈴木良次作成の昭和四六年一二月八日付「鑑定結果の報告について」と題する書面によれば、縦二五センチメートル、横六〇センチメートル、高さ三〇センチメートルの段ボール箱内にポスターカラーびんの底を地面と垂直にして置き、導火線で爆竹に点火した場合には、ガラス容器の底以外の部分が破損して飛散し、段ボール箱の短側面の一端に、ふたと思われる破片によつて破損した小孔が認められ、

3  当裁判所の検証調書によれば、爆竹に導火線を用いて点火爆発させ、あるいは火炎中で爆発させた場合、ガラスびんは破壊してその破片は飛散し、約四五センチメートル離れたベニヤ板に油煙ようの黒いしみを残していることが認められる。

もつとも弁護人は、右各実験に用いたサンプルの薬量、薬品の粒度、湿度が実物とは同一ではないから右各実験結果をもとにしして本件を論じることはできないと主張するが、そもそも実物とまつたく同一の組成・構造を有するサンプルを作ることは事実上不可能であるばかりか、証人大久保正八郎の当公判廷における供述および同人作成の鑑定書によれば、薬量、薬品の粒度、湿度によつて実験結果に差異がでることは理論上は当然であるが、その差異はごくわずかのものであつて、それらの少々の違いがあつたとしても、爆発実験の結果を、大きく左右することは通常考えられず、実験結果を本件物件の性能、威力を判定するにつき対比するに当つては無視し得る程度にとどまるものであることが認められるので、右各実験結果を基礎として本件を論じるにつき何らの支障もなく、右弁護人の主張もその理由がないものといわなければならない。

(四) ところで爆発物取締罰則にいう爆発物とは、理化学上のいわゆる爆発現象を惹起するような不安定な平衡状態において薬品その他の資材が結合せる物体であつて、その爆発作用そのものによつて公共の安全をみだし、または人の身体、財産を害するに足りる破壊力を有するものと解すべきところ、証人大久保正八郎の当公判廷における供述によれば、前記のサンプルを爆発させた場合、爆心から一メートルも離れていれば人体に被害がおよぶ危険性はほとんどないが、爆心から三〇センチメートル位の地点では起爆材として爆竹を使用した場合も雷管を使用した場合も威力にさほどの変りはなく、人身にガラス破片が突きささつたり、切刺傷を与えることはあり得るし、不運な場合には、眼にささつて失明したり、頸動脈を切断して死亡する場合も絶無ではないことが認められ、これに前記各実験結果をも合わせ考慮すれば、本件爆弾はしよせん素人作りのものでたいした威力はなく、人身に大きな損傷をあたえることはほとんどありえないとしても、なお、前記の程度において人の身体を害するに足りる破壊力を有するものと認めるのが相当であり、したがつて被告人および弁護人の前記主張はその理由がないものといわなければならない。

三、そこで以下被告人の処遇について考察することとする。

被告人は、子供の教育のため札幌に転居し、勤務がえするほどの父や、幼少期に父母と死別したため人一倍子供に甘い母親の愛情に恵まれて育つたが、小学四年生のころスキーで骨折して休学したことなどから、なまけぐせがつき、そのうえ、生来の根気のなさや、札幌の学校教育の程度の高さも手伝つて勉学意欲を失い高校進学にあたつても、自己の成績不良や父の経済状態のため公私立の普通高校に入れず、やむなく道立札幌工業高等学校に入学したものの、勉学がおもしろくなく成績も低下し、成績を向上させようとの努力もせず次第に劣等感を持つに至り、その劣等感の裏がえしとして過激な学生運動へと走り、何の理論的裏付けや信念もないまま仲間の者に付和雷同した結果、本件の一連の犯行に至つたことが認められる。

以上の事実によれば、本件各犯行の根本原因は、まさしく被告人の障害に対する逃避的態度であり、さらにそれを放置していた両親の態度にあると言わざるをえない。そこで、被告人が当公判廷において自己の犯した犯罪の重大性や、その非を悟り、また被告人の両親も従来の被告人に対してとつてきた態度を反省し、今後被告人との意思の疎通を十分にはかり、被告人を監督してゆくことを誓つていることに鑑みれば、もともと被告人の非行性はそれほど高度のものではなく、保護処分による矯正効果も十分に期待されるところであると認められる。

もつとも本件各犯行は、その法定刑からみればもちろんのこと、これが社会に与えた影響を考慮すれば、極めて重大な犯罪であるといわなければならないが、本件爆弾の使用により実害が生じなかつたこと、本件各犯行において被告人が主たる役割をになつたのは窃盗だけであることが認められ、しかも本件において仮に被告人を刑事処分に付するとすれば、酌量減軽しても短期三年六月以上の不定期刑という重刑を科さなければならず、そのような措置は前記のような諸事情が認められる本件においては、少年法上・刑事政策上、ともに妥当な方法であるとは認め難いところである。

以上の次第であつてこの際被告人を刑事処分に付するよりは、むしろ保護処分を通じて被告人の更生をはかるのがより適切な処遇であると思われる。

よつて少年法五五条により本件を札幌家庭裁判所に移送することとし、主文のとおり決定する。

(佐野昭一 内匠和彦 末永進)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例